参考:私の体験報告

光線療法のすすめ


1.私と光線療法との出会い

- - - ヘルニアが30日で治るなんて

 私は鍼灸と整体の治療院を開業し、さまざまな民間療法を併用しながら治療を行っている者です。特に椎間板ヘルニアと坐骨神経痛の治療には自信を持っていました。
 ある日のことでした。私の治療院に、光線療法研究所の指導員の人が来ました。私はセールス等はすべてお断りしていましたので、その人にもいつものように間に合っていますと言いました。しかしたまたま時間があったことや、私が尊敬している気功整体の先生からカーボン灯はとてもいいと聞いていたこともあって、話を聞くことにしました。その指導員の人は以前頚椎ヘルニアになったことがあり、手術をしなければならないほど重症だったのですが、この光線を当てるだけで30日で治ってしまったという体験を話してくれました。私はびっくりしました。まったく手を触れることなくただ光線だけで、しかも30日で治るとは考えられないことでした。
 最近のことなのですが、私の治療院にある患者さんが腰椎ヘルニアの治療に来られていました。何回目かの治療を終えてその方の症状がかなり改善されてきた時に、私はそれまでの経験から判断して8割がたは治っているという自信があったので、その患者さんに喜んでもらおうと思って、「この調子ならあと少しで必ず治りますよ」と力強くいました。しかしなぜかその時からそれ以上良くならない状態が続き、とうとうその方はあきらめたのかそのまま来なくなってしまったという苦い出来事があったのでした。その患者さんは私を信じて、そして希望を持って私の治療院に通ってきておられただけにショックは大きいものでした。自らの限界を思い知らされた惨めさと、その人に対する申し訳なさで、ずっと心が痛んでいたのです。そんなこともあったので指導員の人の話をもっと聞いてみたいと思ったのでした。
 ヘルニアだけでなく、鍼灸や整体では限界があるような難病の人の治癒例も数多くあることを聞くにつれ、私はそれまでの自信がすっかり打ち砕かれていくのを感じました。しかしそれと同時に何かとても大きな、それまで知らなかったすばらしいものに、出会っているのではないかという予感がしました。しかし、同時に不安もありました。いくらいい物に出会ったからといって、このままいくと買わざるを得なくなってしまうのではないかという不安でした。世の中にはいいものがたくさんあるのはわかっていたのですが、それらにいちいち感動してそのつど買っていたらきりがないし、良くないことです。
 私はこれはと思ったものは、徹底的に調べないではいられない性格です。いいものは一通り何でも体験してみないと気がすまないところもあります。私はさっそく光線療法について出版されている本はすべて買い求め、インターネットでも調べられる限り調べました。
 光線療法は100年の伝統があり、難病治療の実績を評価されてノーベル賞もとっていることを知りました。光線療法研究所にも訪れ、体験治療を受けながら所長の若木先生から詳しく話を伺いました。そこでもまた驚くような難病奇病の治癒例の数々をお聞きすることができ、治っていかれた方からのお礼の手紙の数々を見せていただきました。私はすっかり医療観を変えられてしまいました。大げさな言い方をすれば、私の治療師としての運命が、その時から大きく変えられていくのではないかというような厳粛な思いになりました。とにかく買って試してみるだけの価値はあると思って、翌週ついに私は治療器を購入し、家庭と治療院で毎日光線を使用してその効果を試してみました。それからは今までの鍼灸・整体に新しく光線治療が加わったことによって、治療の幅がさらに広がることとなりました。急性の痛みなら30分ほど光線を当てているだけで、みるみる痛みが和らいでいくのがわかります。もちろん患者さんもその即効性に驚きます。どこに行っても治らず、長くつらかった痛みから解放されたのですから、その喜びをいろいろな方に話して、新しい患者さんを紹介して下さいます。
 もうひとつふしぎな話があります、光線を当てながら治療をしていると疲れないのです。これは鍼灸師同士の間でよく言われていることなのですが、患者さんを治療していると、その人も持っている邪気を受けてしまい、言葉では表現できないような体のだるさや、立っているだけでも苦しいような気分の悪さを体験することがあります。私も何度か体験したことがあります。実は私の治療院に来られているある患者さんを治療していると、(その方には何の責任もありませんので、こんなことを書くのは本当に失礼なことなのですが、どうか治療師の間によくある不思議な出来事としてお読みください)、その方が帰られた後、必ずこの現象に襲われていました。ところがその現象がなくなってしまったのです。ほかの患者さんでももちろん大丈夫です。体の疲れもほとんどないのです。これは誇張ではなくて、確かに事実です。
若木式光線治療器"バリブル"の出す光は朝日に似た、なんともいえない安らぎの色をしています。見つめているだけで心も体も癒されていくような、とてもいい気持ちになります。しかもパワーは従来のものよりも4倍で、しかも重さは2キロです。ぜひともこの治療器を一人でも多くの方に知っていただき、一人でも多くの方が病や痛みから解放されますようにと願っています。私はこの治療器のたくさんの愛用者の中の一人にすぎませんが、私設応援団のつもりでこのような文章を書かせていただく次第です。

2.若木式光線治療器を導入してから

 - - - その効果を実際に体験して

 光線治療器を導入してからいろいろな効果を試すことができました。次にその中から代表的な症例を紹介してみたいと思います。光線治療の体験には癌をはじめ現代医学では治らない難病や奇病が治ったという症例がたくさんありますが、私自身が実際に患者さんを治療したわけではありませんので、私の治療院で起きた実際の症例を書いてみたいと思います。ちなみにこの文章を書いている現在は、治療器を導入してまだ2ヶ月しかたっておりません。
(症例1)
 ある男性のケース。歩いている時にいつも足の裏の真ん中が痛くて困っているので一度診てもらいたいとやってこられた。営業の仕事で歩くことが多く、困っているとのこと。さっそく触診してみたが、足の第2指の中足指節関節を表裏からつまむと痛いという。この部分以外に体はどこも悪くなく、いたって健康だという。
 いつもなら全身を診て原因を調べているが、この時はおそらく使い痛みだろうと思って、試しに痛むところに光線をしばらく当ててみた。15分もするとつまんでもあまり痛くないという。30分すると強くつまんでもまったく痛くないという。この日はこれで治療は終わり、もしまだ痛むようならもう一度来て下さいと言った。その後2週間ほどしてその後どうですかと聞くと、あれからまったく痛まず、好きだったジョギングを始めているという。1ヶ月間ずっと痛かったのがたった30分の光線治療を1回行っただけで治ってしまうとは、私のほうが驚いてしまった。
 こういう症状は整体や鍼灸では1回では無理だろうと思う。光線療法は即効性という非常に大きなメリットがあることを経験した症例だった。
(症例2)
 ある晩1人の婦人が飛び込みで来院してきた。肋骨のわき腹の辺りが痛くて困っている。1ヶ月前に植木鉢を持ち上げようとしたときにギクッと痛んで以来、少しでも動くと痛く、医者や針やカイロなどあらゆるところに行ったが治らない。検査をしてもどこにも異常が見られないといって病院も相手にしてくれない。それどころか冷たくあしらわれたと言う。 
仕事にも支障をきたしているし、わらをもすがる気持ちで整体ならどうかと思ってやってきたとのこと。様子を見ていると、どうも胸椎のどこかで筋繊維か神経を挟んでいるような感じに思えた。しかも痛くてうつ伏せや横向きになることもできないので、通常の整体治療もできない。そこで仰向けのまま痛いところにひたすら光線を当てながら、ほかの部分は仰向けでやれる整体治療を行った。その婦人は肩や太ももなど、全身の筋肉が硬くなって張っていた。
 30分ほど照射していると痛みがだいぶ和らいできたという。全身の筋肉も柔らかくなってきた。そしてその婦人は3回(しかも3日)で痛みが全くなくなってしまった。その方の喜びようはなかった。それからというものはいろいろな人に光線のことを話してくれている。
(症例3)
60歳くらいの男性が右ひざの関節が痛いとのことで来院。何かの拍子にひざを動かしたときに電撃的な激痛が走り、ひどいときは痛さのあまり一晩中眠れないとのこと。X線を撮っても異常は見られなく、痛み止めの注射を2回打ったが楽になるのはその時だけで、医者からもこの薬は強い薬だからそれ以上は打てないといわれ、ほかにもいろいろな治療院に行ったがお手上げだといわれたとのこと。初回は全身治療をして原因を探ってみたが、ほかはどこも悪いところは見当たらない。どうやらひざ関節の内部で関節や靱帯が傷んで、それが神経に触れているのかもしれないと思い、ひざと右肩に光線を当ててみた。現在3回の治療で痛みは半減し、自転車もこげなかったのがこげるようになり、階段は両手で体重を引っ張り上げるようにして良い方の足だけで昇っていたのが、今では両足で昇れるようになったとのこと。電撃的な痛みも軽いものになったという。4回目の治療の後しばらく顔を見せないでいたので気になっていましたが、その人の知り合いの方に会った時に様子を伺ったところ、あれから全く痛みは消えて今は元気に働いているとの事だった。
あまりにあっけなく治っていかれたケースだったが、おそらく鍼灸では難しい症状だと思われる。

3.治った方からの喜びの声

 - - - その治癒例にはただただ驚くばかりだった

 次に若木式光線治療器によって病気が治った方からの喜びの声の中から、いくつかを紹介しましょう。
 さらに詳しく知りたいと思われる方は、若木輝男著「光線療法・奇蹟の数々  ―現代医療が見捨てた難病・業病からの生還― (美健ガイド社刊)」を読んでいただければと思います。

(子宮内膜症)
 下腹部が痛くて病院に行ったら、子宮内膜症で手術が必要と言われました。
 友人に『光線療法』のことを教えてもらって、早速光線を照射していただいたら、痛みも違和感もなくなりました。
 光線治療器を購入して、自宅でも毎日、右肩に1時間から3時間、下腹部に20分、腰に10分照射し続けました。
 そして1ヵ月後、病院に検査に行ったところ、すっかり治っていると先生に言われてびっくりしました。

(足の痛み メニエール病 事故による傷)
 3年ほど前、右足のくるぶしが痛くなり、数回医者に通いましたが、一向に良くなりませんでした。ところが、光線を照射したところ、1日で治りました。また、メニエール病に、毎日15分から20分くらい肩と腰に照射し続けたところ、3ヶ月で治りました。
 それから、これは私自身の体験ではないのですが、以前、会社の27歳の男性が電気ショックで、3ヵ所、身体の中が見えるほどの傷を負ってしまいました。
 そのとき、すぐに光線を照射したところ、約1時間ほどで傷口がふさがりました。
 光線と出会って約10年になりますが、家族に何があっても光線で治していますし、これからもずっとそうするでしょう。

(アトピー性皮膚炎)
 私は10歳の頃よりアトピー性皮膚炎に悩まされていました。特に16歳の頃からひどくなって、冬でもないのに唇はいつもかさかさで、腫れたようになっていました。
 20歳頃になると、指、膝や肘の裏、お尻のかゆみが特にひどくなり、性器やその周りにも湿疹が出てきました。掻いてはいけないとわかっていながら掻かずにはいられず、下着に血がにじんだりしていました。
 かゆみがひどくなってから3年くらい、お医者さんからもらったステロイドを使っていました。でも、ステロイドは使わないほうがいいと言われ、やめると今度は体毛が抜け、頭髪も茶色くなり3分の1くらい抜けてしまいました。
 当然、年頃の女の子にとっては非常に大きいコンプレックスで、性格もどんどん卑屈になっていき、すべてに対して素直になれず、どうでもいいと思うようになりました。
 平成4年4月、母の知り合いから光線療法のことを教えてもらいました。最初は半信半疑だったのですが、若木先生の強いお言葉に勇気づけられ、本格的に光線治療を始めることを決心しました。
 当時短大生だった私は、学校を休学し、毎日研究所で3時間施術していただきました。そして、家庭用の光線治療器を購入し、家でも2時間以上照射していました。すると3ヶ月目くらいから反応が出始めたので、途中から学校にも通いながら治療を続けました。
 その間いろいろなことがありました。自分が思っていたよりもなかなか良くならず、イライラして先生に八つ当たりしたり、何度もくじけそうになったりしました。
 でも先生はそんな私を理解してくれて、怒鳴ってくれたり、やさしく勇気づけてくれたりしました。光線治療器はもちろんすばらしいのですが、若木先生だったから私は続けることができたのだと思います。
 現在私は28歳になりました。光線治療は続けていませんが、体質は正常な状態です。本当にありがとうございました。

(頚骨損傷)
 平成9年1月から2月までは、1週間に1回程度研究所の方に通いました。その後、光線治療器を購入し、自宅において毎日の照射を行いました。時間は長いときで3時間くらい、平均で1時間くらいです。夏ごろには首の痛みが全くなくなり、背中も痛くならなくなりました。
 平成10年5月現在、軟骨が再生され、首は滑らかになり、肩こりも消えました。
 現在は照射するのを忘れるくらいになりました。血液の流れが良くなり、足の冷たさも感じなくなりました。

(やけど)
 フライパンの油が膝の上から足首にかけて流れ、3度のやけどを負いました。事故から4日後に光線を当て始めました。やけどなんて跡が残ると思いショックを受けていたのですが、「治りますよ」と言われ、安心しました。
 途中で医者に水ぶくれをはがされてしまいましたが、その患部に集中的にほとんど1日当てて、それを3ヶ月続けました。だんだんとかさぶたができて、やがてはがれてきました。
 患部の色も、赤茶色のような色からだんだん薄くなって1年後くらいにはほとんどわからなくなりました。中が柔らかく、寒くなると足の色が変わっていましたが、3年後くらいにはしっかりとした元の足に戻って、傷跡もわからないようになりました。
 光線を背中にも患部にも当てることで、本来自分が持っている治癒力が増すということを確信しました。

(子宮筋腫)
 私は子宮筋腫で、光線治療を紹介されてすぐ治療器を購入しました。
 私に光線治療を教えてくれた人は、赤ちゃんの頭ぐらいあった筋腫が、親指大にまで小さくなったと自信を持って勧めてくれました。光線のことは当時75歳の父が使用していましたので知っていました。
 若木先生の指導に従って照射し続けたところ、8ヶ月ぐらいで小さくなりました。その後閉経し、婦人科の先生も、「筋腫のことは忘れていいですよ」と言ってくださいました。

(不妊症)
 33歳で結婚して34歳を過ぎても子供ができなかったので、病院へ行くと、ホルモン関係の不調のためできにくいと言われました。
 友人に勧められて、光線治療をするようになり、36歳で出産することができました。

(乳がん)
 平成7年10月、病院で乳がんと診断されましたが、手術はいやなので光線治療を始めました。最初は研究所のほうで3ヶ月くらい指導していただき、後は家で光線を当てました。
 すると、だんだん癌が小さくなって平成9年7月、病院での検査の結果、完全に乳がんは治ったと言われました。その後、光線はあまりかけていませんが、体調は良好です。

(膝に血が溜まる)
 膝に血が何度か溜まり、そのつど血を抜いていました。
 ある日、歩けなくなって入院しました。内視鏡を入れての検査もしましたが、結局、リハビリとコルセットの治療しか病院ではしてもらえず、完治せぬままに退院しました。
 その後、昼夜を問わず光線を足と肩に照射しましたところ、3ヶ月くらいで完治しました。
 あれから1度も痛みはなく、現在では旅行を楽しみにするくらい元気ですごしています。

4.私の治癒体験

 - - - 車で大事故を起こしてしまったが、しかし・・・・

光線治療器を購入して20日位したとき、私は交通事故を起こしてしまいました。雨の日でタイヤがスリップしてしまい、ハンドルもブレーキも全くきかなくなってしまい、カーブを曲がれないままセンターラインを越えて、ちょうど反対側車線を走ってきた大型トレーラーに激突してしまったのでした。自分は慎重に運転しているから事故には絶対ならないという自信があっただけに、まさかこのようなことが起こるなどとは信じられない気持ちでした。これは夢ではないかと思いましたが現実のことでした。私の車は多分50kmくらいで、相手の車は40kmくらいのスピードだったと思います。
私の車はフロントガラスの手前まで、無残な壊れ方をし、長い間忠実に私を乗せてくれていた愛車は一瞬にしてぐしゃぐしゃな姿になってしまいました。私はバックミラーで左の眉の上を数センチ切り、額の上部をフロントガラスに打ち付け、血がチェンジレバーの上に滴り落ちました。上着にも血が流れ落ちています。その瞬間はショックで神経が麻痺していたためか痛みはほとんど感じなくて、怪我はそれだけだと思っていたのですが、救急車で病院に運ばれる途中から腰が痛み始めました。私は20年くらい腰を患っていて、腰椎変性症になり、ちょっと無理をしただけで腰痛になるほど腰の骨や関節が傷んでいたのでした。しかもシートベルトを緩めていたので、衝突した時にひざをシートボックスに思い切りぶつけて、その衝撃がまともに骨盤と腰椎に加わったのでした。
結局交通事故で一番痛めたのが腰でした。その夜から痛くてほとんど動けなくなりました。若木先生の光線で治るという言葉を信じて、1日目と2日目は1日に12時間から15時間当てたのですがまったく変化がなく、本当に治るのだろうかと思いましたが、横になる以外にすることがなかったのと、これが光線で治ったらいい体験になると思ったのでひたすら当て続けました。すると3日目の午後から症状が軽くなり、電話番だけですが治療院に復帰することができました。そして信じられないことに5日目には完全に治ってしまいました。少しでも動くと腰が痛くて、体もゆっくりしか動かすことができなかったのですが、5日目に完全に元に戻ったのでした。もちろん患者さんの治療もいつものとおり行うことができました。
ちなみに私は横向きの姿勢がつらかったので、仰向けの姿勢で右肩だけに当て続けました。右肩だけに光線を当てて、なぜ腰が治るのかは次の論文「若木式光線療法の特徴と原理」を読んで下されば理解できると思います。とにかくこの時の私の腰の痛めかたは、もし光線療法に出会っていなかったら、これまでの経験では数ヶ月かそれ以上は絶対にかかる症状でした。
また事故の瞬間のことが何度も思い出されて、二度と車には乗れないと思っていたのですが、そうした精神的な後遺症も癒されてしまいました。今再び車に乗っていますが、運転している時に事故の瞬間のことを思い出しても、まるで遠い過去の思い出のような感じになり、特に恐怖感は感じません。光線は心の傷まで治してしまうのかもしれません。
それから交通事故のおかげで光線を長時間当て続け、その後も毎日2、3時間くらい当てているおかげで、長年悩んでいたアレルギー性鼻炎がいつの間にか半分以上治ってしまいました。
まだあります。実は私は7年前の阪神大震災の時以来、不眠症になってしまいました。夜中の2時とか3時に目が覚めて、それ以降まったく寝られないという症状で長い間苦しんでいました。朝まで目が覚めない日は月に2,3回くらいしかありませんでした。朝方にやっと眠気が襲ってきてから出勤までの間に、1時間ほど2回目の睡眠がやっととれる状態で、結局1日の睡眠時間は4時間くらいだったのです。夜中に何時間も、本を読んだりビデオを見たりしてすごすのですが、積極的思考法でこの時間を集中して勉強ができるいい機会としてとらえればいいのでしょうが、これが毎日、しかも何年と続けばやはり疲れてきます。次の眠気が襲ってくるまで待っているだけの時間は、体験した人間にしかわからない苦しみです。しかもぐっすり寝たという満足感がないため、朝のさわやかさとは縁がない毎日で、慢性的な不快感がありました。
私はそれまでにいろいろな治療法を試したのですがどれもだめでした。この状態が何年も続くうちに、いつしかあきらめの境地に入っていたのです。私はこの症状を、病んでいる人の気持ちがわかる治療家になるために、天から与えられた贈り物だと、無理にでも思うようにしていました。そう思わないことには、精神的な健康を保つことができなかったからです。
ところがこの不眠症までが光線に出会ったおかげで、朝5時半よりも前には目が覚めることがなくなってしまいました。6時とか7時までぐっすり寝ることのできる日も増えてきました。また夜中にトイレに行っても、いつもならそれきり寝られなかったのが、その後また寝ることができるようになりました。そのまま寝られなかった日は1回か2回だったと思います。夜は12時ごろには寝ますから、5時間以上ぐっすり眠ることができた爽快感を毎日味わうことができます。こんな日々は何年ぶりでしょう。ほぼ8割がたは治ったといっていいと思います。腰を治すつもりだったのに、これは思わぬおまけでした。そして私は腰よりも何よりも、この不眠症が一番つらかったのです。本当にうれしい限りです。
あとは背骨や首の骨に何箇所かある変形(ヘルニアの後遺症)と可動性障害、右肩関節の変形と拘縮(肩を痛めた後遺症)が治ってくれればと思って、今も一生懸命光線を当てています。これは長くかかると思いますが、多分良くなると思っています。
人間の体が元に戻ろうとする力は、本来はすごいものがあると思います。その力が弱っているのが病気ですから、光線でその力を元気にしてやれば元に戻るはずです。どこに行っても治らない病気になった時、光線なら何とかなるのではないかという希望が持てます。
そして万が一治らなくても、少なくとも今より楽になるのではないかという希望が持てると思います。しかも光線は心まで元気にしてくれます。
最近光線療法のことを考えていると、未来に明るいものを感じてしまいます。私はすっかり光線に魅せられてしまいました。

5.光線への想い

- - - その不思議なパワーを考える

話題が少し神秘の世界に入っていくかもしれませんが、ご了承ください。光線の力を考えるときに、医学的、科学的な見地から考えるだけでは足りない、もう一つ奥にある神秘的な世界のことも考えないではいられないのです。これは発明者の若木先生が考えていることではなく、私が勝手に考えていることですから、興味のない方は無視して下さってけっこうです。
さていつも感じていることですが、"バリブル"が出す光を見ているととても気持ちが良く、安らぎが得られるのです。体の疲れだけでなく、神経や心の疲れも回復していくのです。
ところで、オーラのことが話題になることがありますが、私は残念ながらオーラは見えません。しかしもし癒しのオーラというものがあるとしたら、多分"バリブル"が出す光もそのような光かもしれません。人間は肉体と精神と魂(霊体)に分けられるという考え方が、西洋のヒーリングや東洋医学の世界にありますが、霊体のもっとも健康的な色は、明るくてあまりまぶしくない白い光だという人もいますが、その真偽のところはさておいて、若木式光線治療器(バリブル)が出す色はちょうどそのような光にオレンジと赤を加えて、朝日を思わせるような光をしています。朝日はすべての生物が新たな活力を目覚めさせる光ですが、光線治療がさまざまな病気に効果があるのと何か関係があるかもしれません。身体の細胞が、朝日を浴びたのと同じような反応を起こすのかもしれません。これは発明者の若木先生が患者さんにいろいろな光のカーボンを当てて、最も気持ちのいい色になるように成分を調合して作ったところ、たまたまこのような色になったということですが、偶然にそうなったとはいえ午前6時ごろの朝日の色を思わせるような色になっているのは不思議です。
私は以前ある気功師に気功を習ったことがあるのですが、その人は瞑想をするときに最も良い時刻はこの時刻だと言っていたことを思い出します。またその気功師は瞑想をするときにイメージを思い浮かべるのに最もいい光景は、朝日だとも言っていました。気功で人を癒すときにもこの朝日の光を思い浮かべたり、金色の光が天から降りてきて自分の体を包んでくれているようなイメージを心に浮かべるといいそうです。その光が患者さんの体も同時に包み込んで癒していくようなイメージを持って気功をすると、効果があるとも言っていました。
 アメリカかイギリスか忘れましたが、国家が認定しているヒーラーの人が用いている治療方法を以前に何かの本で読んだことがあります。その方法というのは患者をベッドに横になってもらい、その患者の身体から霊体だけを30センチほど浮き上がらせその霊体の悪い部分をオーラによって治療し、霊体が正常な形と色になったところで再びもとの体に戻してやると病気が治っているというのです。
 若木式光線治療器"バリブル"が難病の治癒体験を数多く出している理由は、医学的には胸腺の活性化とリンパの流れの促進にありますが、それだけではなくその光線の量と、そして色や波動そのものが、病んでいる霊体を癒す効果を持っているのではないかと思います。若木先生のところで治療を受けて治っていく患者さんの中には、そうとしかいえないような治り方をしていく人もいます。
難病を次々に治すヒーラーや気功師が手のひらから出している光と同じ光を、このバリブルが出しているとしたら、そのような優れたヒーラーのもとに通わなくても、自宅で好きなときにいつでも、同じくらいの効果のあるオーラや気の治療をうけられるということになります。これを読んでいるだけでは、にわかには信じがたいと思いますが、夢のある話だと思います。そして多分これは夢ではなく、人類の科学はここまで進んだと言っていいと思うのです。もし誰かが科学的な実験によってこのことを解明してくれたら、人類にとってものすごい福音かもしれません。

6.太陽の光がすべてを癒す

- - - 若木式光線療法のこれからの可能性

しかし光線の効果をいくら科学的観点や神秘的な観点から究明しようとしても、所詮は人間の浅い知恵のレベルに過ぎないかもしれません。以前、若木先生が光線治療に生涯を捧げようと思ったきっかけのことを話されたことがあります。この大自然はいつもわれわれ人間を豊かに育て、癒し、守ってくれているものです。その大自然を理論や細かな知識で分析することは、本来は失礼なことかもしれません。地球上の生物は、みな太陽の光によって生まれたのですから、われわれの身体や細胞や遺伝子すらも、すべては太陽の光に合うようにできていると思うのです。太陽の光を浴びている時がもっとも自然な姿であるように、我々の身体のメカニズムはできているはずなのです。そして身体だけでなく、心や魂のコンディションさえも同様であるに違いありません。
ということは細胞や遺伝子が傷つけられたり、異変がおきてしまったときに、それを修復してくれるものがあるとすれば、それはその細胞や遺伝子を作ってくれた太陽であるはずです。この地上のすべての病は、太陽の光が癒してくれるに違いありません。
 
現代医療はさまざまな問題を抱えていますし、難病の人はどの医療機関からもさじを投げられています。しかも手術と薬に頼る病院はまだまだ多く、その結果医療費は国家予算を圧迫しています。国家予算だけでなく、社会や人々の心も、病んでいるとしかいえない今の世の中です。そうした中で、大げさかもしれませんが、若木式光線療法は確かな希望を与えてくれるような気がするのです。これによって難病の人が救われ、国民の健康が守られれば、まず考えられることは国家予算が救われるということでしょう。また、心が癒される人が増えれば、そのことによって社会全体にもいい波動が及んでいくことでしょう。
 大げさな言い方をすれば、若木式光線療法と"バリブル"がこれから社会に認知され、広く普及されることによって、社会全体が変わっていく可能性があるかもしれません。私はそれに期待したいと思います。そしてこの光線治療器には、そのことが単なる夢ではなく、確かな現実性を持った可能性があると思っています。

私のこの長い文章を最後まで読んで下さいましてありがとうございました。
願わくはともに新しい医療のありかたを模索していただける方が、一人でも多く現れて下さいますように。

平成13年12月執筆 
南都嘉宏


 

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